マイ フィッツジェラルド et ヘミングウェイ

このblogでは、僕の大好きなFitzgeraldとHemingwayの間で交わされた書簡の翻訳を載せていきます。
そしていずれは、Fitzgeraldの処女作『the side of paradise』の全訳をするつもりです。
それに必要な20年代のアメリカ社会も追求していくつもりです。

1925年11月30日消印 SFから

  親愛なるアーネストへ

 僕は、先の朝のことを思うと、とても恥ずかしい。君の妻のハドリーに迷惑をかけたことだけでなく、君に別の名の男をつかませたことが。しかしながら、土曜日の朝、君のアパートに侵入した惨めな男は、僕じゃなく、ジョンソンという名前の男で、この男は時たま、僕と見間違をされるんだ。それが一番理に適った見方だろうよ。

 兆候に反して、ゼルダは構ってもらえないことじゃなく、医者の投与するモルヒネだけが緩和できる神経質なヒステリーに苦しんでいた。僕たちはその次の日には、療養のためにベローウッドに行ったよ。

 ちょっとした理由があって、僕は君に下らない嘘を吐いた――いや、嘘というより誇張というべきだな――下らないというのは、事実それ自体は、結局は、僕に歓声を挙げさせただけだったということさ。

 つまりね、サタディ・イブニングポストは僕に3000ドルどころか2750ドルしか支払わなかったのに、それがひと月で75000ドルにまではね上がったんだよ。これはハースト氏のおかげさ。弱小誌は僕に3000ドルしか払わない。ポスト誌はハースト氏も申し出は滅多に受けないものだけれど、たまには受けることもあるんだと分かった。

 実は、マコーモンのエピソードや、僕たちが遅れて参加したイギリスでのパーティについての、歪曲された解釈を、僕は知らないんだ。とりあえず、僕がマコーモンを自業自得の憂き目から救ったこと、それと、僕たちが自由奔放なアメリカの女優のタルラーヘッドやミルフォード・ヘイブン伯爵夫人(間違いなく本人だよ)とロンドンで素敵なパーティで時間を共に過ごしたことは事実だ。ぼくは伯爵夫人には、その時に初めてお目にかかった。彼女は、うーん、半分ほどは王室の人間と言った感じだった。ともかく、彼女は素敵だった。でも、他のこと、僕が僕たち夫妻とウィンザー家との関係を近寄せたなんて話は、全くのでたらめさ。

 僕は今、喜劇小説を読みのにはまっているんだ。君はマクリース・チューズディに行くくつもりがあるかい?ひとまず、僕はハドリーの調子が良いことを祈ってるよ。僕たち夫婦は、心から、アーネスト夫妻の幸福を祈っている。

                                    スコット